とりぶう の 宮古島日記

宮古島移住者の生活。いろいろなことがあるけど、基本的に楽しい方向で生きていく方針です。夫しかちくと認知症お義母さんとの3人暮らし。

2008年09月

とりぶうのケガと見栄

(297)

子供のころ、わたしはよくケガをしました。

すりきず、きりきずは当たり前。つきゆび、ねんざ、骨折。

小学校5年生のときは入院までしました。それは夏休み、プールの帰りのこと。

わたしは自転車のカゴのなかから、バスタオルがはみ出てるのが気になってしかたありませんでした。わたしは妙なところが几帳面なのです。そして、妙なところが見栄っ張り。

このバスタオル、両手を離してかっこよく片付けたい、という野望が頭をよぎりました。
(だれも見てないのに!)

わたしは両手でカゴに手を伸ばしました。そして、しまいこむことに成功したかと思いきや!

自転車はわたしの思惑どおりには動かず、道路の端のほうへ、つつつ~とタイヤを向かわせ、道路の脇にある高さ約1.2mほどの用水路にそのまま突っ込んでしまったのです!

あ―――――。

一瞬、記憶が飛びました。

気がつけば、わたしは倒れた自転車の横に立っていました。

足元を流れる水が、バスタオルをどこかへ流してゆきました。

せっかくカゴに押し込んだのに・・・。
(それどころちゃうやろ!)

「きゃーっ!だいじょうぶっ!」

すこし前を走っていた友達が、ものすごい声で半泣きになって戻ってきました。

「うん。だいじょうぶ。」

わたしはけっこうはっきり答えました。
(大丈夫ちゃうやろ!)

友達の家はわりと近くだったので、お母さんを呼んできてくれました。

待っている間、自分の状況がちょっとずつわかってきました。

顔からたくさん血が出てる。頭の右側がしびれたようになってる。左腕が違和感ある。

でもどれも不思議と痛くない。

しばらくして友達とそのお母さんは戻ってきました。

「あれあれあれあれ、あれよう、あれよう、えらいことやよう。」

お母さんはあれあれを連発しながら、慌ててわたしを抱っこして、近くの民家に駆け込みました。

わたしは抱っこされながら、

「うちの電話番号は〇〇の××××。」

とはっきりした口調で答えました。

しっかりしてると思われることが、最高のよろこびだったあのころ。
(しっかりしてたら落ちてへん!)

ケガを負った身ながら、電話番号をはっきりいえたということに満足感がいっぱいでした。

かっこええなあ、あたし。
(かっこわるいわ!)

わたしは救急病院に運ばれ、眉毛を何針か縫われました。左腕にはヒビが入っていました。

しかしその後、わたしの眉毛は一部、毛が生えないままになりました。

そのせいか、それ以来、わたしは眉毛の一部と同じになりました。

え?そう。毛がない。ケガないってね!
(べたべたやな!)

解けないなぞなぞ

(296)

石垣家の夕食。

「お父さんとお母さんになぞなぞ。
サイはサイでも食べられるサイはな~んだ?」


ユウタがキズクさんとアイコさんを交互に見ながら聞く。

「オーイエー、白菜!」

キズクさんがすぐに答える。

「あ、ピンポン。なんだ、お父さん知ってたの?」

ユウタがおもしろくなさそうに答える。

「これくらいはわかるってえの。野菜ってのもありだよな。

じゃあ今度はお父さんからなぞなぞ。オーイエー!

サイはサイでも、とってものろいサイはな~んだ?」


キズクさんがユウタをのぞき込むようにして聞く。

「のろいサイ?」

アイコさんがあごに手を当てて考える。

「わかった!」

ユウタが答えようとする。

「ちょっと待って!まだ言わないで!」

アイコさんが両手でユウタを制する。

「おとうさん、あれでしょ?・・・・・。」

ユウタはキズクさんに向かって声を出さずに答えを言う。

「オーイエー、その通り!

ユウタやるなあ。お母さんよりすごいぞ。」


キズクさんはユウタの頭をなでる。

「あ、くやしい~!イライラするな~。・・・のろいサイ、のろいサイ・・。」

アイコさんは両手の握りこぶしを震わせる。

「お母さんみたいな人だよ。」

ユウタがにやにやしながら言う。

「あたしみたいな人?あ、天才?

じゃないの?・・・・サイサイ・・・ああ、わかんない。

まだ言っちゃだめよ!」


アイコさんが真剣な顔で腕組みする。

「オーノー、ほんとに、どんくさいなあ。」

キズクさんはちょっと笑いながら言う。

「なに!?どんくさいだって!?アッタマ来た!

絶対、自分で考えるんだから。あんたたち、絶対、言っちゃだめだからね!」

「お母さんって、その上、めんどくさいね。」

パパイヤどろぼう

(295)

うちのパパイヤが何者かに盗まれました。

うちのパパイヤと言ってますが、それはうちの塀の外に生えています。

道路に生えているのです。

道路と塀のすきまの小さな土地に、しっかりと根を張っています。

その堂々たること。太くて実も大きく、地元の人が、

「こんな立派なパパイヤの木、初めて見た!」

と仰天するくらいです。

もとはといえば、出身はうちのパパイヤの苗なので、うちのものです。

なんちゃってのつもりで植えたそのパパイヤは、

なにを思ったのかものすごく成長して、いまや名実ともにうちの成長株です。


パパイヤというのは、幹から枝が伸びる付け根のところに花をさかせ、ぽこぽこと実をつけます。

大きくなると押し合いへし合いで、実たちはぎゅうぎゅうしています。

そのぎゅうぎゅうの中でも大きいやつが、いつの間にかなくなっていたのです。

さ~て~は~~!

わたしたち一家はある方向をいっせいに見ました。

TなりのおG(仮名)・・・。

(ばればれや!)

しかし、証拠がありません。ただ、最近おGの姿を見ません。一週間は見てない。

これだけでも十分な状況証拠になりますが、現行犯をつかまえないことにはどうしようもありません。

きっとおGのしわざに違いないのに・・・。来ないというのが怪しいやないか・・・。

わたしたちは心の中で同じことを考えていました。

結局、お義父さんが『パパイヤとるな』の札を下げてから、盗難事件はおきませんでした。

それからしばらくして、知り合いの人がその札を見ていいました。

「おたくもやられたの?宮古じゃ、パパイヤとバナナはとられるの当たり前だからね。

うちのおばあのとこも、目の前でとられたって。」


え~!目の前で!?そんな常識がまかり通ってんの?

わたしとしかちくは、

「ひょっとしたら、おGのしわざじゃなかったんかなあ・・・・?」

と顔を見合わせました。

翌日、「ら~り~」のはなうたとともに、となりのおじいがやってきました。
(仮名はどうした!)

こころなしか晴ればれしたような顔つき。

ちょっと、まだ嫌疑は晴れてないんやからね!

耳が悪いといいながら、どんだけ地獄耳だよ。

おじいは、「たばこを一本もらいますね~。」と言って、涼しい顔で帰って行きました。

ことわって物をもらってゆくというおじいの行為が、なんだかお行儀よく思えてしまうこの頃。

日ごろから行いが良いのが得か、悪いのが得か、だんだんわからなくなってきたなあ。

魔法の豆

(294)

三人の少年が歩いていた。

道で買い物袋が破れて、困っている老人にあった。

三人はひまだったので、老人の家まで、荷物をもってあげることにした。


老人はたいそうよろこんで、

「いいものをあげよう。」

と言って、三人に一粒づつ、豆をくれた。

「これは、魔法の豆じゃ。きっといいものが育つ。」

三人は、その豆を持って帰った。

ひとりの少年は、さっそくその豆を植えた。そして、水をやって育てた。

一週間続けたが、芽がでなかったので、ほじくりだして捨ててしまった。

もうひとりの少年も豆を植えた。かれは、気長に待った。

彼は『ジャックと豆の木』が大好きだったので、

いつか、大金持ちになれると信じて水をやった。

一週間たっても、二週間たっても、三週間たっても、芽がでなかったが、彼は水をやりつづけた。

五週間たって、やっと芽が出た。

彼は、うれしくて、さらに大事に豆を育てた。

のこるひとりの少年は、帰ったらすっかり豆のことは忘れてしまった。

ずっと自分の部屋に放りっぱなしにしておいた。


2ヶ月たったころ、やっとその豆のことを思い出して、庭に植えた。

豆はすぐには芽はでなかった。少年は毎日は水やりしなかった。

一週間に一度ほど、気がむいたら水をやった。そうしていると、三ヵ月後に芽がでた。

あるとき、三人がいっしょに歩いていると、あの老人にあった。

「君たち、魔法の豆はどうなった?」

老人は三人に聞いた。

こまめに世話をした少年は、

「立派な豆の木になりました。もうすぐ収穫です。」

と言った。老人はこう言った。

「それは、いい『こん木』が育ちましたな。」

ながいこと豆を忘れていた少年は、

「やっと、芽がでました。」

と言った。

「それは、『のん木』ですな。」

と、老人は言った。

「なんだ。そんなものか。じゃあ、オレ捨ててよかった!」

すぐに捨てた少年が言った。

「あなたには『たん木』が育ってますよ。」

和歌山弁大阪弁宮古弁沖縄弁

(293)

以前、わたしのしゃべり方を『琴欧州』並みと言った中学生、M君。

彼はこの間、こんなことをいいました。

「あのさあ、オレってなまってるさ?」

彼は真顔ですが、「なまってるさ」という時点で、すでになまってることに気がついていません。

「なまってるさ。なんでそんなこと聞くさ?」

わたしはここぞとばかり、なまりを強調して大きくうなずきます。
(おとなげない!)

聞くと、先日那覇市の中学生に会う機会があり、彼らの話し方を聞いてるとすごくなまっていたそうなのです。

「あれ聞いてると、ひょっとしてオレもなまってるどや、って思うさね。」

M君はふしぎそうに言います。

『ひょっとして』って、いまごろ気付いたどや!?君の耳は鍵穴か?

「うん。なまってるどや。」

わたしは彼の口調をまねて答えました。

「は、なまってるさ?うっそ?オレ、テレビとおんなじしゃべり方してるどや?」

あんた、高島彩が「それでは、『今日のわんこ』どや。」っていうてんの聞いたことある?

「は、うっそ?言わんどや?」

「言わんどや~。はっはっは。」


わたしは重々しく引導を渡しました。
(軽いやろ!)

わたしの答えに彼はけっこうショックみたいでした。

わたしもショックです。

自分のなまりに気がつかない子に、カタコトの日本語をしゃべる関西人扱いされてたとは!


こういうことはよくあります。

標準語をしゃべってると思っていても、思っているのは自分だけ、なんてことが。

わたしは小学校のときのN先生を思い出しました。

社会を教えてくれたN先生は、

「和歌山弁には『ざ行』がありません。だから、他県に行ったら、気をつけてしゃべりましょう。」

とわたしたちにもったいぶって『標準語のしゃべり方』を教えてくれたのでした。

「『どうきん』ではなく『ぞうきん』、『でんぶ』ではなく『ぜんぶ』です。」

実際、和歌山では、年配の人はいまでも『だ行』と『ざ行』の区別がつきません。

先生はその後、『だ行』と『ざ行』を注意ぶかく使っていました。

「ええかあ。和歌山でよう取れる『くざもの』いうたら、なんや?」

ほんとに注意ぶかく、『ざ行』に変換しています。

「ここは『ざいざい色に』塗りましょう。」

彼は、『だ行』のまんまでいいものも、全部ざ行に変換していきました。

その耳につくこと。あのとき、よう言わんかったけど。

先生、それ、まちがってるどや!

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