とりぶう の 宮古島日記

宮古島移住者の生活。いろいろなことがあるけど、基本的に楽しい方向で生きていく方針です。夫しかちくと認知症お義母さんとの3人暮らし。

2014年03月

ヤンタン世代にうれしいラジオ番組

みなさんこんにちは。

若いころ、そばにはいつも音楽があった。

勉強しながら、マンガを読みながら、寝る前にも、いつも音楽があった。

音楽が必要だった。

反社会的な歌詞は、若かったわたしに訴えかけた。

失恋したときは、失恋ソングを聴いて、わたしの気持ちを代弁するかのような歌に涙した。

こころをゆさぶってくれるメロディをいっしょに口ずさむことによって、胸のうちにあるもどかしい思いを発散した。

だから、青春のはじまりのころ。

かたわらには、いつも音楽があり、それらを運んでくるラジオがあった。

そう、ラジオがありましてん。
ラジオを毎日聞いてましてん。
とくに、関西の人にはなじみすぎるくらいおなじみの、MBS『ヤングタウン』。
略して『ヤンタン』。
あれを聞けるかどうかが、関西における当時の中学生にとっては死活問題でしてん。
あのころのヤンタン、それはそれは面白かったんですわ。
明石家さんま、笑福亭鶴瓶、笑福亭鶴光、嘉門達夫、谷村新司、ばんばひろふみ・・・
などなど、濃い面々が繰り広げる話が面白すぎて、次の日、
「きのうのヤンタン聞いた?」
いうのが合言葉になるくらい、影響のある深夜ラジオ番組だったんですわ。

ところがですわ。
わたしの住んでた和歌山は、山ばっかりで、電波いうものが伝わりにくいらしい。
MBSは関西ローカルなんで、関西地区は網羅してるはずが、
山ばっかりやとどうしても電波が届きづらいんですわ。
和歌山やったら、むしろ海をはさんだ四国放送なんかがよう聞こえるくらい。
そんな問題があったんで、電波がよう入るとこに住んでる子は、にわかヒーロー。
「うち、ヤンタンよう聞こえるで!」
いうだけで、羨望の的やったくらいですわ。
わたしの家はきっちりとは入れへんから、いっつも窓際にラジオもってって、アンテナ最大限にのばして苦労して聞いてたんです。
そんな状態やから、ヤンタンを録音したテープが友だちの間で回されるようになったら、もうみんな奪い合いでしたわ。
とくに金曜日の谷村新司とばんばひろふみのやつ。
あれは傑作やったね。
下ネタばんばん出てくるんやけど、中学生にはちょっとピンとけえへんもんもあって、
「オトナの世界いうもんはなにやらすごそうやな~」
という思いで聞いてたんですわ。

時は流れ。
めっきりラジオなんか聞かへんようになったんですけど、ネットで聞けるラジオがあるというんで、MBSをふたたび聞くようになったんです。
おもに『ありがとう浜村淳です』を聞いてたんですが、去年から面白い番組が始まりましてん。
『ヤマヒロのぴかいちラジオ』いうやつ。
関西テレビをやめてフリーになった山本浩之さんいうアナウンサーがやってる番組なんですけど、
これがええんです。
まるでオトナ向けのヤンタンいう感じ。
テンポも内容もちょうどエエ具合なんです。
毎週、それを聞くのが楽しみだったんですけど、この番組。
ナイターまでのつなぎやそうなんで、3月いっぱいで終了するいうんです。
あーあ、残念やわー。
せっかくオトナのヤンタン見つけたと思ったのになー。
と至極残念に思ってたんです。

ところがところが、うれしいことに、
わたしらみたいに、残念がるひとがようさんおったみたいで、
4月からも曜日と時間を変えて続くことが決定したいうんです!




最近うれしかったこと 2014 3・31




これにはしかちくもわたしも大喜び。
よかったなーて、顔をほころばせましたわ。
ネット全盛時代やからこそ、聞ける関西ローカルのラジオ番組。
ゆるーい感じがわたしたちにはツボなんです。
これで4月以降も楽しみが継続して、よかったな~、いう話です。

ほなまた~


とりぶう

WE LOVE YAMABUKI!

みなさんこんにちは。

わたしのスリッパはいま、やまぶき色です。

原色ではないはずなのに、原色くらいきっぱりした色です。

発色がよく、絶妙なやまぶき色なのですが、

じつはこれ、100円ショップで買ったものなのです。





お気に入りの色 2014 3・28




いままでは、この色はわたしの定番色でした。

ところがさいきん。

うさQも、しかちくも、

「その色ええなあ」

と熱視線をそそいできます。

しかちくなどは最近、にわかにこの色のよさに目覚め、やまぶき色のポロシャツを購入。

フリースも、毛布も、この冬はやまぶき色一点張り。

しまいには、「これはオレの地毛の色やねん」と意味不明なことを口走りだす始末。

うさQも、

「今度はこの色のスリッパにする」

とやまぶき色を所望。

わが家では今、やまぶき色が熱いのです。

黄色とオレンジ色の中間なのだけど、黄色よりもオレンジ色よりも深く濃い色に感じられるやまぶき色。

景気がよくなったら派手な色が流行るといいますが、

とくに景気がよくなっていないわが家ですが、色だけは景気を先取りしてるのかもしれません。

それでは~


とりぶう

オトナのリラックスな休日

みなさんこんにちは。

どんな話題で始まっても、最後には「年を感じるわ~」という結論に汚染されがちなこのごろ。

たまには若さあふれる話題を!

と思い、最近のわたしとしかちくの楽しみについて語りたいと思います。

それは、マッサージチェア。

はっ!がっつり年寄り話だった。

でも大丈夫。(なにが?)

臆面もなくひとびとを裏切れるようになったら、わたしにとって人生、いい感じになってきてるという証拠。

信頼されないように生きてると、しまいには守るものがなくなって、気楽だよ~。

フォローミー!(だれがついてくか)

若いころ。

肩をもまれるのがとても苦手でした。

ひたすらくすぐったいだけで、これのなにが気持ちいいのか、と思っていました。

ところが、わたしの面の皮が三味線できるくらい厚くなってきたころから、

肩をもまれるのが気持ちいい~と思うようになりました。

子どもが小学校低学年くらいのときには『肩たたき券』をくれて、そのときはそれほど必要としなかったものの。

今くれたらめっちゃ活用するのに。

しかし、そんなときにはすでに『肩たたき券』をくれないというアイロニー。

あー、肩こるわ。

と思っていたら、しかちくが、

「〇〇ホテルのロビーにマッサージチェアがあるで。それも2台」

といいます。

〇〇ホテルは、うちから歩いて行けるいちばん近いホテル。

毎年、オリックスの2軍が利用している二流ホテル・・・じゃなくて、

敷居が高くないホテル。(←失礼)

わたしたちもとくにおどおどしなくても入れるくらいのホテルなので、早速行ってみました。

最新式っぽいマッサージチェアが2台。

10分100円。

しかちくとならんで100円を入れました。

チェアがグイーンと振動しはじめ、背中方面でなにやらごろごろ動いているものがあります。

それはわたしの背骨の曲がり具合を調べているらしく、調べ終わったら、あなたの背骨の形はこんなのよ、とお知らせしてくれます。

うわー、背骨~。

という感想を持ちながら、(とくに感想でもない)

とりあえず、設定されている全身疲労回復コースに身をまかせます。

黒革のチェアは、ギュムムムムといろんなところをとっかえひっかえ動かしながら、いろんなところをほぐしてくれます。

ふくらはぎや腕までギュムムムムと圧迫され、

「うきゃー、ひー、うへー」

と、そのたびに奇声を上げながら、すぐに10分経過。

あ~、もうちょっともうちょっと!

と思っていても、チェアはギュミュミュ~プシュ~とフェイドアウト。

あ~あ、もうちょっとやってほしいのにな~。

まるで遊園地のメリーゴーランドが終わる瞬間の子どもの気分。

残念すぎてしかちくを見ると、

「これは30分くらいやらないとあかんな」

と100円玉を用意しています。

よ!太っ腹!メタボ君!(よけいなひとこと)

こんなとき、大人っていいよね、と思います。

子どもなら、泣く泣くやめさせられてるはずだ。

そうして、30分、じっくりマッサージされて気分爽快になりました。

それ以来、休日にはときどきマッサージチェアに座りに行くというのが、最近の楽しみになりました。



さいきんの楽しみ 2014 3・27



このごろでは自分なりに設定を変えたりして、マッサージチェアをより使い心地よいものにしています。

「これは買うよりも結局安くつくんちゃう?」

とお互い確認しあうことも、休日の定番となっています。

30分300円の悦楽は、当分やめられそうもないんだなあ。

それでは~


とりぶう

しっくりくる浦島太郎

みなさんこんにちは。

むかしばなしというものは、なにかしら教訓がふくまれているもの。
欲張ったらいけないんだな、とか、
意地悪したら自分にかえってくるんだな、とか、
読んだあとになにかしら自分の戒めとなることがらが含まれています。

ところが、浦島太郎はどうだ。

浦島太郎は、いじめられている亀を助けるといういいことをしたのに、最後、玉手箱でおじいさんにされてしまう。
開けたらだめだといわれたものを開けたからそんな目にあうんだ、というのが教訓なんだろうか?
でも、あんなもん、ぜったい開けてしまうって。



浦島太郎 2014 3・26



待ちきれずにもらった瞬間に開けてしまうって。

ひたすらかわいそうやな、浦島太郎。

そう思っていました。

しかし、むかしばなしというものは、子供向けに語られるとき、肝心な部分をカットします。
そこがいちばんおもしろかったのに!
という部分がなくなるのです。
まるでゴールデン進出したらおもしろさの毒牙を抜かれ、つまらなくなる深夜番組のようなもの。

浦島太郎でも、語られていない竜宮城の乙姫とのやりとりがあり、
その部分『18禁』なのだそうな。
でもそれがあるからこそ、
「ウラシマのやつも、そーとー楽しんでるからなあ」
という自業自得だという教訓が得られるのです。

ところで。
宮古島にも竜宮伝説があります。
そして宮古島のは教訓がわかりやすいのです。

内容は、
ある男がエイを釣った。そしたらエイが美しい女になって、一夜をともにした。女は翌朝いなくなっていた。
数ヵ月後、男のもとに男の子がひとり現れて、竜宮城に招待するという。
男の子は、男とエイの子であり、竜宮城の乙姫があの女だった。
竜宮城で歓待されたものの、飽きてきたので男が家に帰るというと、土産に美酒の入ったつぼをくれるという。
それはいくら飲んでも尽きることない不老長寿の酒が入っていて、男はそれを飲み、またそれを売り、金持ちになった。
しかしおごりたかぶった男は、あるとき「こんな酒、飲み飽きた」と言ってしまう。
そのとたん、つぼは白鳥になって飛んでゆき、男はたちまち老人になってしまったとさ。

これを読むと、
人間、おごりたかぶったらあかんのやな、としっくりきます。

男、かわいそう~
というような気持ちはおこらず、
あ~あ、やっちまった~
と、少しザマアミロみたいな気になります。

そして、不老長寿の美酒がもらえなくてもよかった、と地道なわが身を少しシアワセなもののように感じるのです。

それにしても。

むかしばなしに出てくる女はどうしてこうも美しい女ばっかりなのか。
ひょっとしたら、美しくない女がやっかみで、
「美しい女にはこういう落とし穴がありますよー、美しい女は要注意ですよー」
という気持ちをこめて作ったのかもしれんなあ。
そうだったら楽しい。
殿方はむかしばなしから、「美しい女には注意!!」という教訓をしっかり学ぶべきなのである!

それでは~


とりぶう

郵便料金変わります

みなさんこんにちは。

4月から消費税率アップにともなって、郵便料金も変わります。

大事な手紙はお早めに!

といっても、いまや手紙でやり取りする人はごくわずか。

メールで即座にやり取りできる昨今、郵便料金を値上げされてもそれほど困らないひとが多いのかもしれません。

郵便料金と聞いて、思い出すのはあの春休み。
わたしが小学校低学年のころのことです。

宿題のない春休みは天国。
来る日も来る日も絵を描いて、マンガを読んで、テレビを見て、という自堕落な2週間だ!
と思っているのはほんの2,3日。
たいていはそういう出来事に飽きてきて、
「あー、やることないー、やることないー、どっがにやることねーがー?」
と、なまはげのように、家中うろうろしていたのでした。

そんなある日。
「豊中のおばさんが来る」
という話を聞きました。
豊中のおばさんというのは、大阪豊中市に住んでいたひいおばあちゃんの妹。
墓参りだかなんだかわかりませんが、とにかくこのヒマヒマ地獄に風穴が空くということがうれしく、おばさんを心待ちにしていました。
そしてその後の情報によると、わたしと同年代の孫娘のふみえちゃんもいっしょに来るとのこと。
わたしも姉も舞い上がりました。
こうなったら部屋を片付けたり、掃除を手伝ったり忙しくなる。
なまはげの春休みが、にわかにねぶた祭りの準備みたいになりました。

そうして、ある晴れた日。
豊中のおばさんとふみえちゃんはやってきました。
おばさんは、ひいおばあちゃんとそっくりなんだけど、若さと上品さがあり、かつてこの田舎で生活していたとは思えず、環境というものは人間にとって遺伝子よりもずっと顕著に人の見た目を変えてしまうものなんだなあと感じました。
もちろん、そのときは「都会にいてたら上品になるんやなあ」くらいの感想でしたが。

ふみえちゃんはわたしよりひとつ上、姉よりひとつ下。
ショートカットがよく似合う明るい女の子でした。
田舎のジャスコでは見たことのない、凝ったカーディガンを着ていたのを覚えています。
わたしも姉も人見知りするほうなのですが、ふみえちゃんが人見知りしない子だったので、すぐに仲良くなりました。
ふだんならそれほど近づかない田んぼや山やニワトリ小屋にふみえちゃんをつれまわし、わたしたちが考えうる田舎のよさをこれでもか、とアピールしたのでした。

そしてこれぞ田舎!をアピールするのにうってつけの機会が訪れました。
それは餅まき。
わたしの家の近くの山(といっても小高い丘くらいの高さ)に戦没者をまつる忠魂碑が建てられていて、その供養だかなんだかの餅まきが毎年春に行われ、それが明日だというのです。
ふみえちゃんはもちろん餅まき初体験。
わたしたちは興奮して、いかに餅を拾うことが楽しいか、そして難しいかを語り、明日になるのを待ちました。

餅まきの日。
みんな連れ立ってビニール袋を持ち、山に登ります。
忠魂碑のまわりにはすでにたくさんの人がいました。
こういうときのおばさんたちはすごく、餅拾い達人みたいな人がいて、すでに前のほうのいい場所をゲットしています。
時代はすでにひもじい戦後感はなかったものの、こういう戦いになるとアツくなるのがおばさん。
なぜか着物にもんぺ姿で戦いにいどみます。
餅が欲しいわけじゃなく、数をたくさん取りたいんだ!
もはや自分との戦いなんだ!
そういう猛者たちが笑顔の裏に闘志を秘めて、
「今日はええ天気ですなあ」
などと世間話に興じているのでした。

供養の儀式が終わり、餅まき開始。
最初はひとつ、ふたつ、とぱらぱら投げられていた餅が、やがてばらばらばらばらっと大量に投げられると、もうあたりは阿鼻叫喚。
下克上の世界が繰り広げられます。
猛者のおばさんたちはすでに座り込み作戦。
ここで、なぜ着物にもんぺだったのかというナゾが解けるのです。
おばさんたちは、着物のあわせの部分に餅を次々に放り込んでいるのです。
そして腰にぎゅっと紐を巻き、自分の上半身の前部分を袋にしている状態。
もんぺだから座りやすく、そのまわりに落ちてくる餅を一心不乱にふところにしまいこんでゆくのでした。
うひゃ~、すげ~。
と思っていると、その中のひとりがわたしのおばあちゃんだった。
とほほ。
おばあちゃんという人はふだん昼寝キャラとして扱われているのに、餅まきになるとがぜん張り切るのです。
まるで三年寝太郎だ。

さて、わたしたちはというと。
餅まきになると大人も子どももありません。
途中でキャッチされるとなすすべもなく、ふみえちゃんもわたしたちもあまりたくさんはとれませんでした。
けっこう難しいなあ、と笑いあったのですが。
おばあちゃんの大量確保によりわが家の餅事情は豊かさを保つことができたのでした。

そういう楽しいひとときはあっという間に終わり。
春風みたいにさわやかに、ふみえちゃんは帰ってゆきました。
「楽しかった!餅まきがいちばん、楽しかった!」
と笑顔を残して。
都会の子はええなあ。
こんななんでもないことを楽しいなんて言えて。
取り残されたわたしたちは、まだ残る春休みが祭りの後片付けの日々に思え、結局だらだらすごすのでした。

そんなとき、ふみえちゃんがブローチを忘れているのを見つけました。
ブローチなんて大人のつけるもの、と思っていたわたしたちにとって、それはものすごくうらやましい代物。
きっとふみえちゃんにとっても、それは大事なものに違いない。
わたしと姉は手紙を書いて、ブローチを同封しました。
封筒がかすかにぷくっとふくらみ、わたしたちの思い出も同封しているようでした。

そうして。
ふみえちゃんに送った手紙のことも忘れそうになったある日。
郵便受けに封筒を発見。
かすかなふくらみのある封筒。
あけてみると。


このブローチは 2014 3・25




わたしたちが書いた手紙とともに、ブローチがゴトっと出てきました。
表書きをよく見てみると、『料金が足りません』の表示。
なんのことを言ってるの?
とわたしと姉は不思議に思ったのですが。
よく見ると、わたしたちが貼った切手では、料金不足で配達できませんとのことでした。
しっかりしたブローチはけっこうな重さがあったので、50円(60円だったかな?)切手では足りないのでした。
そのときはじめて、郵便料金というのは重さで変わるものだと知りました。

あらためて切手を貼りなおし投函しました。
ふみえちゃんからは、ありがとうの手紙がすぐに届き、また遊びに行きたいと締めくくられていました。
その手紙が届いたときはとてもうれしく、姉とふたり、どっちがこの手紙を保管するかでしばらくもめたくらいでした。

それ以後、ふみえちゃんには一度も会っていません。
今どこにいるのか何をしているのか、まったくわかりませんが、
郵便料金が変わると聞くと、いまでもふみえちゃんを思い出してしまうのでした。


それでは~


とりぶう
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